久間防衛大臣がとうとう「原爆しょうがない」発言の責任をとり辞任しました。いさぎよく、とは言えませんが仕方ありません。続けていてもいいことなかったでしょう。
関連の阿比留ブログのコメント欄に、昭和天皇の原爆「やむをえない」会見のお言葉が紹介されていましたので、その違いを考えてみたいと思います。
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/212814/allcmt/#C312563
昭和天皇が1975年にアメリカによる原爆投下について
「やむをえなかった」と発言していたことがわかりました。
「エー、原子爆弾が、エー、投下されたことに対しては、エー、エー、
遺憾には思ってますが、エー、こういう戦争中であることですから、
どうも、エー、広島市、市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことであると私は思ってます。」
(二分三十秒くらいから)
(日本記者クラブ主催「昭和
昭和天皇は原子爆弾の残虐性にたいして鋭い認識を持っておられました。戦時中、アメリカ等に対抗して原子爆弾の開発を進めようとしていた陸軍に対してきつくお叱りになられたらしい事はいくつかの本で読んだ記憶があります。「まだやっているのか。そのようなことをすれば日本が世界の破滅を導いた国として歴史に残るではないか。」というようなお言葉だったと思います。
日米関係の将来を背負い、アメリカを戦後はじめて親善訪問され帰国後の記者会見ということで、記者はどういうつもりで何と聞いたのか知りませんが、陛下を窮地に立たせる質問でしたね。まさか「アメリカの原爆投下については国際法上許されない残虐行為だと思います。」とは答えられません。
ピデオを見ても緊張して、エーを連発して答えておられますね。「戦争中であることですから、…やむをえないことであると私は思ってます。」原爆をおとした事がアメリカの視点からやむをえない、正当化出来るというのではなく「戦争中であること」つまり戦争中には仮に良い人であっても敵に残虐行為をするのは残念ながらよくあることなので(とアメリカの責任をぼかして)「やむをえないことである」とある意味「あいまいな日本語」を駆使して見事にかわされたように思います。
いずれにせよ、その時、その場、そのお言葉の重みを十分に認識されて、ノーコメントすら日米親善を害すると知り、苦しい答えをされた昭和天皇と、言いたいことをその影響も考えずに放言する口の軽い大臣達と同列にあつかって比較できるものではないと思います。
(以上私のコメント)


by chrysanthemum
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